本を読みながらアイロンをかけることはできない

 今日は映画を観なかった。
 やらなかったことを書くのも変だけど、最近は映画を観ない日はそういう感じがする。「映画を観なかった」という感じが。
 このところは早く帰るようにしているので、ひとり食事を作って食べ洗濯機を回しつつシャワーを浴びて出てくると八時くらいで、洗濯機から出したばかりの濡れたままの、今日着たシャツにアイロンをかけながら、宅配レンタルのDVDかAmazonプライムで映画を観るのだが、今日はアイロンをかけないことにしたので映画も観ない。
 アイロンは家事のなかでいちばん好きだ。料理も好きだが、技術を磨くつもりがないのでうまくならない。それをいったらアイロンだってうまくならないが、毎日同じ時間をかけてアイロンをかけるのが好きだ。
 しかしアイロンをかけるあいだ、観る映画がなかったら、あるいはラジオで代用することもあるが、それもなかったらどうか。わたしには悩みがあって、それは、年々「ひとつのことを集中してできない」という性癖あるいは性格的な欠陥が強化されているのではないか、ということだ。
 朝起きたら、電子レンジで弁当に入れるごはんをあたためながら顔を洗い歯を磨く、歯を磨きながらシャツを着て、ポットに湯を沸かす、歯磨きを終え顔を洗って髭を剃ったら、Bluetoothのイヤフォンでラジオを聴きながら着替える。着替えつつ、沸いた湯でインスタントコーヒーを淹れる。
 こう書くとスムースなルーティンのようだが、だいたいどこかでつまづいて、歯磨き粉やらコーヒーやら、液体を床やシャツにこぼす、シャツのボタンを掛け違える、というようなことが日常茶飯事だ。一つひとつきっちりやることの方がずっと効率的なのはよくわかっている。しかし朝の一連の流れのなかで止められない。
 思い当たるふしがある。最近は本を読んでいないのだ。久しぶりに読むと色々なことに気が散って読み進められない、今こうして日記を書いていることだってそうだ。
 本を読めばいい。