スポーツマンやまだ。

 母さんは一日一日と少しずつでも確かに人でなくなる。母さんは呆けてきれいになった。
 おかしなことに品までよくなった。
 正気の時は乱暴でがさつでパワフルだった。正気の時は私は母さんとの確執に苦しんだ。私は母さんが人でなくなり始めて、母さんを許した。正気の時に許せたらと思ったが、うまくいかないものだ。私だけが得をしたような気がする。
「ねえ、あそこにほら白い人がいる」「どこに」「あそこ」。白い人などいなかった。
 母さんは私が在日韓国人と友達になっていると「朝鮮人とつき合っちゃ駄目」と云った。
 北京や大連に居た時は平気で「チャンコロ」と云っていた。
 正気の時はずーっとそう思っていたと思う。
 母さんは小母さんだったから今、五、六十だったらやっぱり、歯をむき出して優しく笑うヨン様に夢中になっていたよね。母さん間に合わなくて残念だったね。

佐野洋子『役にたたない日々』(朝日文庫)141〜142ページ