ふつうのメルヘン。

 帰ってきたわたしは冷蔵庫を空けてみかんを取り出して、母親の前に素早くそれを持って行くと、
「わたしの。」
 といった。母にはそれで十分で、少し呆れた顔をしながらも無言でそれを剥いてくれる。わたしは調子にのって開け放した冷蔵庫の、みかんのとなりのりんごを取り出して今度はわたしも黙ってそれを母の目の前に置く。
 母親もさるもので、ただ一言、
「みかん食べてからね。」
 しかしわたしも譲れない。母の前のりんごをもう一度手に取り、
「わたしのだから。わたしのだからね。」
 念を押すようにいって、仕方ないな、という雰囲気を十分に出しつつ母親の顔をじっくり見つめてため息をついた。
「人が剥いてあげてるのに、そんな振る舞いするものじゃないわよ。」
 と母はいうが、母親は娘のときはどうだったのか。わたしは問い正すつもりでいたが、みかんが剥けたようなのでそれを食べる方が先だった。一つ食べるともう一つ食べたくなった。その次もそうだった。
 みかんを食べ終わるともちろん、りんごが食べたくなるのだった。