メルヘンの向こうへ。

 女のひとは平面のなかから語りかける。わたしに? わたしに話しかけているように見えるけれど、しかし視線はわたしを通り越して、向こう側を、ずっと後ろを、どこか空を見つめているように感じる。そのように気づくとわたしは面のなかの女性に興味がなくなる。面は触れない。女のひとといったらまず触るものだろう。
 そういうことを率直にいうのはわたしでなければ許されない。わたしの父など、女のひとを見かけたら触りたいとばかり思っている。いわなくてもわかるが、じっさいのところ、しょっちゅうそういうことばかりいっているのだ。わたしにさえそれが聞こえてくるのだから、家の外ではなおさらだろう。しかもそのたびに、どの女の人もいやな顔ばかりするのだ。
 わたしもいずれそのようになるのだろうか。しかし人は皆同じではない。わたしはわたしの少ない経験でもそのことはよく知っている。同じ人でさえいつも同じではないのだ。いわんや他人をや。人は平等ですらないらしい。乗っている車さえ違う。
 父のと同じ自動車を見かけるとわたしはいつも、
「父の自動車と同じですね。」
 と声をかけたものだが、相手の反応は芳しいものではなかった。それよりも、若い女の人のお尻をタッチしたときの方が喜ばれた。男ならいつでもそうありたいものだ。