ウォークスルー・スライドドア。

 寝れば寝られるが寝ない。寝ない日が続いている。寝ないと落ち着かない。しぱしぱする。家族がわたしに声をかけている気がする。「寝なよ。」でもわたしは気がつけない。道具を使うことには後ろめたさが残る。でもどうしてなのか。生まれや育ちだとは考えたくない。湯飲みにはなにか入っている。液体だ。飲み物に違いない。
 水だった。ほっとした。「飲み物だったよ!」子どもに伝えたいと思った。もちろんわたしの子どもたちだ。子どもたちはもう寝ている。寝つきの悪さはわたし譲りだったはずだが。気がついたら寝ていた、ということであって欲しいが、なかなか思うようにはいかないものだ。でも、わたしはわたしの知らないうちに寝ていたのかも知れない。判断力は鈍っている。頭はぼんやりしている。だからもう、昨日のことは確かじゃない。わたしは昨日は寝たかも知れないのだ。
 確かに寝たのだ。そう思うことにした、というかもうそう思えている。もう一杯水を飲む。湯飲みに入っていたあれだ。
 森のなかは思うほど静かではない。しかも車のなかで、薄くウィンドウを空けているだけなのだが。100キロメートル離れたところに家族はいる。だから、さっきのはやっぱり気のせいだったのだ。静かではないのは自然の音だ。風や鳴き声、雨も降る。ここのことは何もわからない。30年以上生きていても、わたしはほとんどのことを知らない。これがサバイバルなら、わたしはすぐ死ぬだろう。でもわたしはここで待っているだけだ。人を待っている。ガソリンは十分ある。少し行けばガソリンスタンドもある。なぜか店員が美人だ。
 「だろ。だから待ち合わせ場所、そこにしたんだよ。」待ち合わせている友人がそう言っていた。話したのは昨日だ。携帯だって繋がる。「あなたは恵まれてるのよ。」「ああそうですよ。」さっきから誰かに話しかけられている気がする。いい女だ。たしか彼はもう一人連れて来ると言っていた。その人だろうか。