こんな季節を遊びたい 君をそばにおいて

2009年4月4日(土)
 昨晩から妻の実家。といっても、今の住まいから高速に乗らずに50分で着く。車の中ではふたりとも寡黙だ。
「まっちゃん、なんか“オモシロ話”してよ。」
 わざわざ言ってみる。
「“泣いてもいいですかー。”」
 付き合う人付き合う人、“こわいお兄さん”ばかりだったというバイト仲間、Mさんの口調を妻が真似て言う。
 妻から聞く、「奇想天外」という言葉がぴったりハマるMさんの半生の話がよくて、会ったこともないMさんのことが好きになっている。それから最近の、Mさんとのやりとりを話してくれる。
 一度会っていろいろ訊いてみたい、と思う。でもたぶんぼくは、ぼくの話ばかりするだろうが。
 妻とMさんは、職場で「へっぽこ部」所属だ。部長は二人より年下の正社員Nさん(本当はヒラ。何せ「へっぽこ」だから)。
「部長、コピーできましたぁー。」
「ちゃんと枚数確かめた?」
「何いってんすか部長ォ、いくらへっぽこでも、コピーくらいできますよー。」
「こないだ間違ってたじゃんか。」
「あ、部長、ほんとの部長が来ましたよ。部長のこと、推薦してきましょうかー。」
「もう、本気で怒りますよっ。」
 妻の話をもとに、へっぽこ部の一風景を想像してみる。でも本当は、何部で何課なんだろう。

 妻の実家に着いて、すぐに夕食。50分のあいだに一週間の仕事の疲れを忘れ、休みモードに(ふだんはセーブしている食欲もいや増す)。今年のジャイアンツの開幕戦は、関西では地上波テレビ中継なし。大阪ドーム阪神戦を観る。ヤクルトのユニフォームが変わっている。悪くないけど、最近のプロ野球はユニフォームがころころ変わりすぎると思う。

 今日は朝から和歌山市。妻の祖母を見舞いに病院へ。おばあちゃんは寝たきり、ほとんど前後不覚だが、いつもより反応があるみたい。妻と義母はおばあちゃんが好きだというツナをのせたトーストを手に、ときおり目を開くおばあちゃんに話しかけている。
 今日は先月買ったばかりのデジカメを持っていたから、妻と義母がおばあちゃんの傍にいるあいだ、病院の中や外を歩いて写真を撮って回る。デジカメの性能がよくて、物珍しさからマクロ撮影ばかりしてしまう。でもうまく近くにピントが合わない(近すぎるんだって)。
 義父は待合室でテレビを見ている。おばあちゃんは義母の母だ。妻と義母がかいがいしく「母」「祖母」の世話をしているあいだ、男二人は所在ないが、この長くも短くもない時間がぼくは好きだ。「好きだ」といっても、まだ三回目だけれど。

 昼食は回転寿司。回転寿司は必ず食べ過ぎる。そのたびに、「人間は学習しない生き物だ」と必ず思う。バイキングも食べ過ぎる。共通点は何だろう?

 午後から和歌山県立近代美術館へ。所蔵品を使った企画展、“美術百科「この人はだれ」の巻”。妻は一度観ていたし、別の用事があって義父・義母とともにそちらに行って、ぼくだけを美術館に下ろして、観終わったら合流することに。
 所蔵品展ゆえ、今まで何度か観た作品もいくつかあるが、展示をいろいろに工夫して、見せ方を考えている。それがうまくいっているかどうかはともかく、そういう姿勢がよくて、この美術館は好きだ。
 好ましい気持ちがあるからか、そこここに座っている監視員のスタッフのお姉さんたちも「美人だなぁ」と思う。「お姉さん」っていったって、たぶんほとんど、ぼくより年下だけど。
 清原啓子の細密な版画作品、山下新太郎の「臥婦」、野田哲也の「日記」のシリーズが特に印象に残る(清原啓子と山下新太郎という人は、今回初めて知った)。とくに「臥婦」がよくて、二度ほど戻って観に行く。
 この絵に限らず「臥婦像」、すなわち横たわる女性の絵が好きなんだろう、ということに気づく。「オランピア」とか「裸のマハ」とか、諏訪敦のリアルなヌードとか、タイトルは忘れたけど、東京の国立近代美術館にある、萬鉄五郎のとか。
 美術館二階のカフェで結婚パーティが行われており、そこから流れた客がいかにも「ついでに」という体で展示室に入ってくる。
 その人たちは、服装だけじゃなくて、立ち居振る舞いではっきりと、美術展が目的じゃないのがわかる。
 おじさんの三人組はひそひそ声でない、ふだんのボリュームで話している。おそらく仕事の話。
補助金だけ出して終わり、じゃしょうがないわな。」
「そういう姿勢ではなぁ。」
 その前に、まずあなたたちがTPOをわきまえなさいよ、と思う。展示を回っているあいだずっとぼくの少し先にいた女の子も、怪訝そうな顔。同じ目的意識で来たもの同士の、「静かな連帯」。でもそういう姿勢が、ムラ意識、党派や国境を生むのかな?
 展示終盤のデヴィット・ホックニーグリム童話の版画が静かに余韻を残す。やっぱり少しでも名前を知っている人の作品は、印象に残りやすいのかと思う。
 カフェが貸し切りだったため、一階のフロアでコーヒーのサービスがある。あまり時間がなかったけれど、サーブの女性が感じ良さそうだったから、飲みに行く。やっぱり心地の良い応対。笑顔。
「砂糖とミルクはいかがですか。」
「あ、欲しいです。」
 紙コップに、すでに砂糖とミルクの入ったコーヒーを持ってきてくれる。美術館でこういうコーヒーのサービスも初めてなら、紙コップに、砂糖とミルクがどちらも入った状態でサーブしてもらったのも初めて(自販機は別)。
 ますます好ましい。ぼくが既婚でなければ恋しているかもしれない、と思う。
 美術と美術以外のことが交錯した、約一時間半のショート・トリップ。でも日常もそんな感じ。いつだってどこだって、いろんなことが交錯している。『いろんな気持ちが本当の気持ち』。尊敬する作家のエッセイ集のタイトルが浮かぶ。

 三人が乗る車が迎えに来て、高速に乗って帰る。
「“好きだよ”って耳もとで二回だけ、言葉は使わずに伝えてみて。」
 iPodをトランスミッターで繋いだノイズまじりのカーステレオで、MariMariの歌う「J」を聴きながら帰る。








2009年4月5日(日)
 小学校の旧校舎を改装した「農のある宿舎」、上秋津ガルテンのレストランでランチバイキング。すごく盛況。てきぱきと働くおばさんたち。セーブしても、バイキングは食べ過ぎる。カレーとおこわとか。やきそばとか。にんじん(とは思わなかった)のフライが甘くてうまい。