何かを思いつくのを待っている

 職場の敷地内にある宿舎から事務所まで徒歩二分で、結婚してからは日々の買い物や外食もないから、平日は敷地の外へ出ることはほとんどなくて、金曜日の今日は、夕食を早めに済ませて、ちょっとした買い物で久しぶりに外に出た。――と、外に出たときはそういう気分だったのだが、仕事では車や原付で出ることがある、ということを今書きながら思い出す。
 帰って来て夜9時ごろ、妻が風呂に入っているあいだにひさしぶりに、たった30分ほどだがテレビを消して、ゆっくり本を読む。佐藤弘『陽気で哀しい音楽に』(ポプラ社)。音もなく、ひっそりと読む。ページの向こうから、静かに音楽が流れる(ような気がする、というのではない)。「この感じ」と思う。「この感じ」はとても大切だ。少し息をひそめて、ケーブルや無線で、何かと繋がっていない場所で、だからこそ繋がりを夢想すること。この感じ、この感じ。
 だからこれからしばらく、息をひそめてみようと思う。

 ……というふうにこぎれいにまとめていたら、

 「もう私の身体に魅力がないのね」
 早織は顔を隠す仕草で泣き真似をした。僕はほっておいてまた早織の乳房に顔を埋めた。 
 「ちょっと、ねえ、無視しないでよ」
 「やってる最中に音楽が鳴っていたとか言った方が嬉しい? ピアノとかさ」
 「そんな台詞は馬鹿な女の子のときに使って」
 さっきから早織の口から言ってほしいがために話しているようだ。

 なんて箇所があって、