……よ、あなたのことを思うよりほかに、意味のあることが世界にあるだろうか?

 御用納で今年の賃金労働は終わり。貰っているだけの働きをしたのかどうか、働きと貰いのバランスがどうなのか、自分ではわからないが、とにかく今日は早々と切り上げて帰宅すると珍しく妻が寝てしまっていて、「作るっ。」というのを制して久しぶりの外食。夕食を簡単に済ませて、「カラオケ」という案も浮上したがそれはやめて書店に寄って、いつものように雑誌―単行本―新書―文庫―マンガ―雑誌―単行本―新書―文庫―マンガと二周くらい、30分以上うろうろ。今日は読みたい本がいくつも。憶えている限りを挙げてみると、
 ジム・フシーリ『ペット・サウンズ』(訳・村上春樹、新潮クレスト・ブックス)、いしいしんじ『四とそれ以上の国』(文藝春秋)、古川日出男ボディ・アンド・ソウル』(河出文庫)、ピエール・クロソウスキー『かくも不吉な欲望』(河出文庫)、サタミシュウ『おまえ次第』(角川文庫)、『カフカ・セレクション(3) 異形/寓意』(ちくま文庫)、松岡正剛白川静 漢字の世界観』(平凡社新書)、武田百合子富士日記』上・中・下(中公文庫)……
 という感じで、抜き出してみると意外と少ない、というか憶えてなくて、「忘れてしまうようなものは、忘れてしまっていいものだ。」というのもひとつの考えというか真理である、というのはよく言われることで、そういう言い方はそういう言い方をする限り真理なのだが、「忘れてしまうものだけが、忘れてはならないものなのだ。」というふうに言ってみれば、それもまた真実になってしまうような類の言い方でもあるのだと思う。
 とにかく、読みたい本といえば、新聞の広告で見た、ついに単行本化なった大竹伸朗の長期連載『見えない音、聴こえない絵』(新潮社)、杉本博司『現な像』(新潮社)という2人の芸術家の著作とか、朝日新聞の書評委員お勧め「今年の3点」で香山リカが挙げていた3点、『アーミッシュの赦し なぜ彼らはすぐに犯人とその家族を赦したのか』(亜紀書房)、森達也『死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う』(朝日出版社)、佐野洋子『シズコさん』(新潮社)もある。
 たくさんの書評委員がそれぞれ3点挙げているなかで、とくに好きなわけではない香山リカが挙げている3点がすべて気になったのだった。他にはあまりなくて、奥泉光・選の大友良英『MUSICS』(岩波書店)というのもあるが、これはたぶん読んでもあまりわからないだろうと思う。読んでもわからない、ということで言えば、クロソウスキーの『かくも不吉な欲望』もわからないと思う。でも「わかりそうでわからない」、ちょっと妥協したとして「わかりづらいけどなんとかわかる」というくらいの本を読んでいなければ、自分の「読み」が成長しないことだけは絶対に確かで、「がんばればできる」「がんばってもなかなかできない」という課題をこなさなければどんなものだろうと上達しないだろう。
 こういうふうに読みたい本を列挙しても、経済的な理由と時間的な制約と、怠惰な性格が災いしてほとんど読めないのだろうが、こうやって列挙することで、今の自分の関心のありようというものがはっきりと見えてくる。それはたぶん、自分の考えや思想、主張のようなものをそのまま書くよりもクリアで、おそらく、音楽や小説のような、自分の「表現」として表したものと同じくらいはっきりと見えてくるのだと思う。
 試みに、ここまでに挙げたもののなかから、自分の関心の流れに沿って、並べ直してみると例えばこうなるだろう。

 サタミシュウ『おまえ次第』
 武田百合子富士日記』上・中・下
 ジム・フシーリ『ペット・サウンズ』(訳・村上春樹
 大竹伸朗『見えない音、聴こえない絵』
 杉本博司『現な像』
 ピエール・クロソウスキー『かくも不吉な欲望』
 佐野洋子『シズコさん』
 森達也『死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う』
 松岡正剛白川静 漢字の世界観』

 まだ読んだわけでもないが、こういうふうに地層のように実際に並べてみると、「そうだろうな。」と思っていた以上にくっきりするが、その「くっきり」は、残念ながら言葉にできない。
 それでもう少しぐるぐる書店のなかを廻っていると、先日ここで、仕方なく2巻から買って読んだ、くらもちふさこ駅から5分』(集英社)の1巻が入荷していたので見つけた瞬間に手に取り、来る前に予定していたサタミシュウ『おまえ次第』ではなくて、これを買って帰った。書棚の隣には同じくらもち作品『いつもポケットにショパン』も並んでいた(このあいだはなかったはずだ!)。おそらく僕が『駅から5分』を購入したための発注か配本で、田舎の書店の品揃えを嘆いたとしても、それは私たちの選択の結果であり、私たちが望んだ姿なのだ、ということを改めて思う。世界を変える方法は、政治的なコミットメントではなく、例えばこういうこと(自分が信じられるものに対価を払うこと、自分が信じられるものを世界に流通させること)だ! と強く思う。
 帰ってきて1話目を読んだら瞬くまに、堪えきれない感情が湧き上がって、ようやく堪える。それにしても涙もろくなったなあ、なんて思う。