それは大好きなことなのに

 「書きたいことについて書く」というこれ以上望むべくもない僥倖を前にして二の足を踏む。「だからこそ書けない」というのもいいわけでしかなくて、「文庫」に行って読んでいない本やかつて読んだ本を眺める、という逃避行(動)。ひっぱり出してきたJ・G・バラード『結晶世界』、赤瀬川原平千利休 無言の前衛』、「Arne」3号(2003.4)、「新潮」(2004.12)をぱらぱらと。「Arne」3号には村上春樹のエッセイ「言い出しかねて」が載っていてこれは同名のジャズ・ボーカルのスタンダード・ナンバーについてのエッセイで、僕が書こうとしているのも音楽についてのことなんだけど、こういうふうには書けない(当たり前か)。
 それで(それで?)土曜日に衝動買いした堀江敏幸『雪沼とその周辺』を読む。収められている「スタンス・ドット」「イラクサの庭」「河岸段丘」と読み進めていく。すごくいい。こういうたいそうなことの起こらない<静かな>作品は「佳品」と呼ばれることになっていてこの文庫の裏表紙の紹介文にもそう書かれているが、いやいや、これはひさしぶり心にすとんと来た! すばらしい「傑作」であって、今聴いている(書こうとしてしている)音楽にもつながっている。とかいうのはやっぱりこじつけで、そんなふうにして今日が終わっていく。これはもう、明日に持ち越すしかないな――。