#2

 「超」がつくほどの、といっても過言ではないくらいの運動音痴で、だからバレーボールでアキレス腱を切ったりする僕だが、その日面白かったのは彼がほんとうに相撲が好きだということだった。「好き」の力は本当に強い。というか、「好き」があるだけで、人生に厚みが出るなんて言わなくても、そこに強度が生まれる。
 「不知火型」=双葉黒・旭富士若乃花、というのは僕にとってはただの知識に過ぎないが、彼にとっては相撲という世界を成り立たせる大切なピースのひとつだろう。ロックバンドには少なくとも、ギター、ベース、ドラム、そしてヴォーカルが必要だが(もちろんそれら全てが揃っていなくても素晴らしいロックバンドもある)、それらが渾然一体となって生み出される「ヴァイブス」(これもこの日の会話に出てきた言葉だった)は、1+1+1+1=4ではなくて4+αで、その4+αが「チョールス」のことだ。僕は僕が初めて「チョールス」を知ったときの「チョールス」を、今は拡大解釈しているが、「チョールス」にそもそも、拡大解釈をさせるものがあるのだ。
 横綱の土俵入りに「雲竜型」と「不知火型」があり、それぞれそういう型で土俵入りをした昔の横綱の名前からとられていること。「不知火型」の横綱は数が少なく、その誰もが短命である、というようなジンクスがあること。それが僕の知っている「不知火型」の全てで、「雲竜型」と「不知火型」の違いがどこにあるかも詳しくは知らない。
 相撲にとっての「チョールス」は何だろう。
 相撲における身体と身体のぶつかりあいが鳴らすあの音は「プライマル・スクリーム」だ、とも彼は言った。他愛のないお喋りをことさらに意味ありげなものにしようとは思わないが、そのことをしつこく力説する彼の顔がいい、と僕は思った。たたずまいに「チョールス」を鳴らす人。そういう言い方もある、とその日思った。