いつまでも楽しそうに遊んでいるじゃない?

 木曜日に注文した無印良品のダウンベストは日曜日に届くことになったから、三連休はそれを待つことになった。息子への(サンタクロースからの)プレゼントの『鉄道記』という大人が見ても面白い鉄道写真集も、日曜日が25日、クリスマスだから息子は三日めに見ることができた。
 金曜日の早朝、朝4時頃からNHK総合テレビで『視点・論点』という番組があり、各界の識者が自らの主張を10分間に渡ってスピーチする。そういうお堅い番組にこの23日はロックバンド・怒髪天増子直純が登場し「独りぼっちのクリスマス」について演説するのだ、という報せを聞いて、さすがに休日のそんな時間には起きれないので、我が家にある唯一の録画機器であるスマートフォンワンセグで録ることにした。
 金曜日はいつのまにか「男子の王道」、乗り物好きとなった息子を初めての電車に乗せることにした。先述の 『鉄道記』を(サンタが)プレゼントに選んだのもそれが理由で、誰が教えなくても息子は「でんしゃ」「じどうしゃ」「ひこうき」「ふね」「ぽん(ヘリコプターの意)」が好きになり、だから家族は乗り物の本や映像、もちろん本物を見せて乗り物について話をし、息子はますます乗り物が好きになります。
 増子氏の論の趣旨は、
 「人間誰しも孤独に生まれ死ぬのであり、それが証拠に五つ子だろうと六つ子だろうと一人ずつ生まれてきて、一人で死ぬ。人間としての正しい生き様として孤独を愛せよ。それができない男はダメだが、日本におけるクリスマスの習慣、クリスマスを恋人と過ごすものとしていること、男から女へプレゼントを贈ることととしていることなどは、人の行いの正しい道に反しており、反クリスマスおよびクリスマスにおけるプレゼント制度の廃止を主張する。ただし幼な子の楽しみ、喜びとしてのクリスマス行事はいいよ。クリスマスは子どもたちのものだ。大人がはしゃぐもんじゃない。」
 というものであった。増子氏の画面のなかで着ていた白シャツの胸には、細いブラックのネクタイに見え隠れしていましたが、赤字で大きく、
 「WORK TO EAT,SING TO LIVE」
 と書いてありました。無闇矢鱈に格好良く見えました。録画したものを妻と観たとき、妻はこの意見にまるごと賛成だといっていました。電車は近所の紀伊田辺駅から南紀白浜駅までの十数分、駅前で時間をつぶして折り返す、という短いイベントでしたが、電車好きのはずの息子が始めは緊張し、床に自らの足で立つこともままならずわたしにずっとだっこされていましたが、たった二車両の各駅停車で、ガラスで隔たれていない運転席の真後ろから、遠く先まで続く線路を見通しながら走る電車に揺られるうち、息子は全身で「電車に乗っていること」を体験している喜びに満ちているようにわたしには見えました。
 ちょうどお昼どきでいつものさっちゃんのお店に向かい昼食。
 さっちゃんと妻は、「クリスマスに関心がない。」ということで意気投合しており、しかし子どものためにはクリスマスのイベントはやってあげなきゃね、というのは二人とも一児の子を持つ母であり、そういう矛盾(というほどの大げさなものではないかもしれないが)を積極的に引き受けていくことが親というものであり、正しいとか正しくないとかいうことではなくてそういうものである。ならば増子氏の主張の要約も、わたしは勝手に「人の行いの正しい道」とか書いてみたが、増子氏はそういう言い方はしておらず、ただ
 「人というのは孤独なものなんだよ。」
 といっているだけなのかもしれない。この番組はスピーチだけど、ロックミュージックという形で表現をしているのだから、こっちの方がしっくり来ると思いました。
 こんな調子で続けていると三日目にたどり着けないのでこの日記はとりあえずここで終わります。気が向いたら続きを書きます。楽しい三日間だったな。
 二日目は息子の初めてのバス乗車を今度は妻を家に置いて息子と二人だけで行き、妻はそのあいだにクリスマス・ディナー(鶏の竜田揚げと和風キノコパスタ(パスタは『昨日何食べた?』レシピ)を作り、三日目は細々した用事とさっちゃんち(お店)での夕方のブランチ、土曜の夜には四枚で1000円、というレンタルDVDショップのキャンペーンのために数合わせで「しょうがなしに」という感じで借りた『間宮兄弟』(意識はしていないけど森田芳光監督)が意外にもよくて、多幸感に満ちた映画がこの三日間に華を添えてくれた、というよりこの三日間を底から照らしてくれました。
 さっちゃんちでのお昼も家で食べるごはんも(初日はわたしが広島風お好み焼き、三日目の今日は、お義母さんの寄せ鍋)みなおいしく、「食うために働く」また始まる明日からのウィークデイの糧になったようです。そういう自転車操業プロレタリアートとしての人生です。
 プロレタリアン・ラリアット
 『視点・論点』での増子氏のプロフィールは、
 「中年ロックバンドの星。若者に『兄ィ』と慕われている。」
 というふうに書かれていました。いっている言葉の正しさとか面白さというより、佇まいから来る説得力というのは大きくて、それはたぶんある意味では危ういことでもあるのだけど、このバカみたいな格好良さはなんだか格好良いなあ。そういうふうには全然なれていない。
 息子の成長を見ていると、自分が何かを成し遂げなくてもたいしたことじゃない、と思えてきて頼もしいが、息子にとって格好良い大人であるためには、もう少し精進がわたしにはいるのでした。