覚え書き/準備運動
あなたの心がざわめいていれば、私の心もざわめいている、シンプルなのはそういう状態で、けれどそんなに簡単じゃない。
外を歩けば街がざわめいていて、私の心は軽いときもあれば、私の心は重いときもあって、外へ出かけて森が静かであれば、どこか遠いところへ行ける気がして、家に帰ってしんとしていれば、忘れていたことを思い出せる。
街のざわめきと、ひとりの心のざわめきと、ずっと続くおしゃべりのなかでみんなが作り出すざわめきの、そのどれもが違っているとしても、ざわめきがざわめきであることが、ざわめいている状態が好きだと思う。
外からの入力のないひとりきりの長い時間、何かに没頭するときの静かだが濃密な時間、誰かを待ちぼうけている人の、どこまでも弛緩したひととき。
「時間は伸び縮みする」と教えてくれたのは科学で、「人の心は伸縮自在」と言ったのは一人の人で、「世界は伸び縮みする」と言ったのは誰だったかしら?
時間=世界であって、世界=私という人がいても、私は世界じゃないし、私は世界を包括しない。世界に包括されるのは私で、ごく簡単なことだけれど、私はあなたじゃない。
あなたというのはあなたのこと。あなたというのは伴侶のこと。あなたというのは向こう側のこと。あなたというのはそこらへんにある何か。
それはやっぱり私じゃなくて、私が作り出すざわめきも、あなたには届かない。あなたが作り出すざわめきが、私が作り出すざわめきでないとしても、私がざわめきを作り出すとき、あなたもまたざわめきを作り出していたとしたら、私が作り出したざわめきが、あなたに届いたこととどう違うのだろう。