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土曜日。夜、仕事を終えて妻の実家へ。夕食後、妻は友人宅へ。ぼくはコタツに寝転んでぼんやりテレビを見ていたが、21時から義妹がチャンネルを合わせた映画(「シュガー&スパイス」)は興味がなかったので、iPod茂木健一郎大竹伸朗の対談を聴く(2006.10.28 東京都現代美術館大竹伸朗 全景』開催記念公開対談)。対談はめっぽう面白かったが、約2時間もあるため途中で疲れてコンビニに行く。「2008プロ野球全選手名鑑」の綴じ込まれた「週刊ベースボール」を購入。対談の残りを聴いたあと、風呂に入りながら、対談に触発されてチョールスについて考える。チョールスは全ての音楽に鳴っているわけではない。だが、素晴らしい音楽には必ずと言っていいほどチョールスが聴こえる。茂木健一郎なら「クオリア」というだろうが、「チョールス」を「チョールス」として聴いてしまった人間には、「その音」は誰が何と言おうと「チョールス」だ。「チョールスのクオリア」を感じることができる人生は素晴らしいと思う。「人生は理不尽だ」。大竹伸朗は言った。理不尽な人生に一瞬のきらめきをみつけたいと思う。大竹伸朗は別の機会に、「学食でぼんやりお茶してるくらいなら、芸術なんか辞めた方がいい。そのあいだに、10枚でも20枚でも描かなきゃ嘘だ」というようなことも言っていた。「週ベ」の記事では、ある選手が、「なぜ野球選手に、選手名鑑の取材で「趣味は?」などと訊くのか。そんなの、野球に決まってるじゃないか」というようなことを言っていた。ぼくは少しずつでも、チョールスの音色を言葉にしたいと思う。