本当と嘘とテキーラ。

 30日の朝から家族で餅つきをした。
 庭で義父がもち米を炭で炊く。2歳になったばかりの息子が火を見て、少し怖がりながらもはしゃいでいる。準備のことでいらいらして、妻につまらない八つ当たりをする。妹の恋人も来ているというのに、そういう情緒不安定はいただけない。が、自分で簡単に押さえられない。
 謝っても妻は怒っているが、わたしが大人七人と息子の昼食を、よしながふみの『昨日何食べた?』のレシピを参考にしながら作り(インスタントの袋ラーメン。マンガのなかで主人公のひとりのケンジが、年越しそばとして作る)、食べていると時間が解決してくれた、と思っている。妻は思っていないかもしれないが、わたしは思っていることにしている。
 仕事が休みに入った29日には、江國香織間宮兄弟』と湯本香樹実『春のオルガン』を読む。今年は全然本を読まなかったので、一日の数時間で一冊の小説を読むのは久しぶりだった。
間宮兄弟』は映画をDVDでその数日前に観て、意外なほどよかったから読むことにした。江國香織はエッセイしか読んだことなかったけれど、こちらも意外なほどよかった。
 オタクっぽい、仲の良い兄弟がマンションで二人暮らし。映画でそれほどまでに描かれていなかったかもしれないが、この二人の趣味はわたしには驚くほど多彩だ。プラレールや紙飛行機、ジグソーパズルやボードゲーム、映画や本に音楽。インドアで「オタクっぽい」といえばそうだけど、その一つひとつを兄弟が本当に楽しそうに行うとき、わたしはとてもうらやましく思う。映画や読んだ本の固有名詞が出てくる。小説なら『蠅の王』とかヘミングウェイのような名作から、保坂和志カンバセイション・ピース』とかいしいしんじ『みずうみ』、丸谷才一山本周五郎村上龍・春樹、音楽ならスタンダードジャズとかヘヴィメタルからカーディガンズとかまで。
 映画を先に観ると、ドランクドラゴンの塚地と佐々木蔵之介の風貌から、いかにもなオタクの30代に見えなくもないが、わたしはこんなに幅広く趣味がよく(穏当で)、さわやかな感じのするオタクの人は見たことがない。でもこんな人もいると思う。いて欲しいと思う。それが江國香織の筆力なのだろうけど、こういう人たちのように生きられたら! というロールモデルを描ける小説家なのだな、と思った。そんな小説はなかなかない。
『春のオルガン』は、小学校を卒業した女の子の春休みの出来事を描いた話で、これもよかった。明るい話では決してないけど、短い休みのあいだに少年少女が成長するさまを描く、というのは小説でも映画でもオーソドックスな主題だけど、こちらがいくつになってもこの手の(よくできた)話には勇気が出る。あまり派手じゃない、お金のかかっていない感じの映画で観てみたいと思いました。山下敦弘とか井口奈己とか鈴木卓爾とかが監督で。
 30日の夕方に年賀状を出しに息子と二人で本局まで行って、息子に
「ポストにぽとーん。」
 と投函してもらう。局員のお姉さん(といってもわたしより歳下と思う)に「ばいばーい。」と声をかけられる。子どもっていいなあ。帰りに寄った本屋で、山田太一『読んでいない絵本』という小説と戯曲とショートショートとテレビドラマの脚本が収録された本を衝動買い。3年前に二時間ドラマで佐藤浩市が主演していた『本当と嘘とテキーラ』を活字で読みました。とてもよい。でも、二時間ってこの程度の分量なんですね。けっこう短い。他の小説などもよくて、年明けからの仕事のことはとりあえずうっちゃって、静かにこの世界に浸っています。